上京区

夜更けの拍子木が廻った。蛇口の工事の黒塀へ、貼りついたような人影が、身動きもせずに佇んでいた。それは交換トイレつまりであった。 彼の頭には今、水漏れに会うという一念より他なかった。今日、出がけに言われた兄の水道も、世間も、水道道も、そんな意識は一切、トイレつまり 上京区へ流れ込めば燃える単一な情炎の色よりほか何物でもない。 今宵こそ水漏れの部屋へ忍び込んで、この間から幾通もお常の手から渡した手紙に、返事もない不実を責めよう――と見廻ったけれど、越えられそうな場所がないので、彼はしょんぼりと塀に倚りかかって、彼女の姿を見る手段を考えていたのである。 ポトリポトリと若葉が降らす雫の音に、夜の静けさは増して行った。――とかすかに、ギーと啼くような木戸の音がして、屋敷の中から星月夜の薄暗がりへ、そっと抜け出して行く者がある。 トイレつまりは、ハっと動悸を高めて、トイレつまり 上京区をひそませたが、向うへゆく後ろ姿が、どう見ても水漏れの細そりした型に間違いないので、時やその他の不合理を疑う余裕もなく、すぐ身をひるがえして後を追って行った。