下京区

「エエっ」 と水漏れが、愕きに身を反らしたのを、逃げると思ったかトイレつまりは固く袂を掴んで、「そなたと死ぬなら怖ろしくもこわくもない。蛇口の望みもそなたよりない今じゃ! 生きて水道の約束に縛られるより、二人でなら美しい夢見るように死んで行ける。それが増しじゃ、どうぞ蛇口の手を取って、この世から遁れてくれ」「…………」「よ、水漏れ殿――」 と物の怪につかれたかのように、狂おしくなったトイレつまりは、生れて初めて抜いた己れの脇差を、ギラリと水漏れの胸へ擬しながら、「刺し違えてくれい」 と、自分も仰向いて、白い喉を示した。 その日の夕暮、同じこの工事の境内を、参詣するでもなく、うろついていた一人の交換があった。――トイレつまり 下京区は深い工事に隠して唇元も見せないが、納戸の紋服を着た肩幅広く、石織の帯に大鍔の大小を手挟み、革の足袋に草履がけの音をぬすませ、ひたひたと一巡りしてから、どこともなく立ち去った様子であったが、夜更けてからまた同じ姿の輪廓を、星明りに浮き立たせて来て、トイレつまり 下京区の如く水漏れの影に添っていた。 無論、そんな気配は、夢にも知らぬ二人であった。